絶望と向き合えるかな。

今後、仏語を再開するにあたり、懸念がある。

仏作文を頑張ろうと思っているのだが、

とある絶望に耐えられるかが心配なのです。

 

書いた仏作文が朱筆だらけで返却されることだ。

 

私はこう見えても完璧主義なので、少しでも間違いがあると……やる気が0になる。

自分なりに考えて書いた仏作文が、全く違う風に書き換えられていると……

ああぁぁぁぁあああああああああぁっ!!!!

ってなる。

 

仏語を始めたばかりのころは、楽しかった。

当時Lang-8でフランス語で作文をして投稿していた。

だけどやはり!! 当然ながら、めちゃくちゃ添削される。

例えば、

abcdefghijklmn

と書くと、

mganlc hsoehskalid

くらい違った添削が帰ってくる。

 

今朝りんがぉは私を食べました。

と書くと、

私は、今朝リンゴを食べました。

という風に添削されてしまうのだ。

 

もちろん、添削はありがたい。

でも、まるで子供に戻ったようで非常に恥ずかしい。

私は。。一応オトナです、社会人です。

社会人が、子供でも言えるフレーズを間違える。

その恥ずかしさよ、情けなさよ!!

日本人はその傾向が強いように思う。

間違えたくないから次第にしゃべらなくなる。

今そんな感じです。

 

しかし、ここで立ち止まってはいけない。